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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和36年(う)53号 判決

被告人 畑仲石一こと畑中石一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年及び判示第一の罪につき罰金四百万円、第二の罪につき罰金百万円に処する。

右各罰金を完納することができないときは、金八千円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

但しこの裁判確定の日から三年間、右懲役刑だけの執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

検察官の論旨第一について。

所論は要するに、原判決が被告人の本件清算所得(以下人絹糸の先物取引による所得を意味する)及び配当所得につき、逋税の犯意を認めなかつたことは、事実の誤認であると主張し、先づ清算所得につき、(1)被告人は昭和二六年頃所轄福井税務署係員から清算所得を個人所得として申告するように促がされたが、結局法人の所得として申告納税した実績があり、従つて本件清算所得がその所定申告時期において所得税の課税対象となつていることを熟知していたものである。然るに原審が被告人に課税実績がないことを理由として、課税対象となつていることを知らなかつたと認定したのは、誤である。(2)而して清算所得は昭和二二年の所得税法改正以前において、一時所得に該当するものだけが非課税であつたが、本件の如き一時所得に該当しない所得は、右改正の前後を通じて課税対象となつていたのであるに拘らず、原審は清算所得のすべてが右改正前非課税であつた如く誤解し、それを前提として、被告人が本件清算所得につき、課税対象となつていることを知らなかつた一理由とすることは誤である。(3)又本件清算所得の大部分は被告人の主宰する仲買人株式会社畑仲石一商店(自店)に委託した清算取引から生じたものであるから、仲買人が取引税を納めただけでは、清算所得に対する課税を納めたことにならないことは、被告人の知悉するところであるから、取引税を納めたことを以て、被告人において本件清算所得が課税対象となつていることを知らなかつたことの意思推測も許されない。(4)次に原審は、税務署側において清算取引により儲けた場合に課税しないことを理由に、その損をした場合に減税しないと云う取扱振があり、又県税事務所においては清算所得につき非課税の取扱をしていることを以て、被告人の犯意を推測すべきでない一理由としているが、税務署側において右の如き取扱例は絶無であり、又県税事務所において地方税につきそのような取扱があると仮定しても、清算所得が所得税の課税対象となつていないと思い込む根拠にはならないのである。(5)又原審は、被告人が昭和三十一、二年中多額の清算所得を獲得していたことは、当時の福井繊維情報等に報道され、世評にも上つていたのであるから、被告人がその所得申告をしなかつたのは、右所得が非課税であると信じていたことの証左であるとしているが、右福井繊維情報の記事は極めて専門的で難解である上に、それにより被告人の店自体の利益等も算出できず、その店の取扱分が被告人の取引か顧客の取引か判別できず、それが被告人の取引としても、法人のものが個人のものかも判別できないものであるから、これにより被告人個人が多額の清算所得を獲得したと報道されたことにはならないのみならず、その報道時期が所得税の確定申告時期よりも半年以上前のことであるから、その後の変動も予想され、右報道により被告人個人がその年間に多額の利益を得たと確認されるものではない。又被告人において当時多額の清算所得を得たことが世評に上つた証拠も存しない。被告人が清算所得の申告をしなかつたのは、原審判断の如き非課税であると信じたためでなく、所得隠匿のためであることは、被告人が巨額の清算所得につき国税局の査察を受けながら、これを偽装して隠蔽を図つた事実からも明白である。すなわち被告人は証拠品を隠滅し、関係者に虚偽の陳述をさせ、清算取引による損失は減税を受けるため会社に入れて表面に出し、利益は架空人口座に入れて隠すと云う方法を講じているのである。(6)なおそれ以外に、被告人が清算所得に対する課税を免れるためになした隠蔽工作の方法を明らかにすれば、被告人は本件清算取引の全部につき、架空人名義を使用したうえ、その利益金を架空人名義の銀行預金となし、又一部他店に委託してなした清算取引の益金については、その他店から直接これを受領しないで、他人を介し銀行送金取組の方法で受領した事実が存するのである。原判決は清算取引に架空人名義を用いたことを商略上の必要からであると観察し、脱税の目的からでない旨説示しているが、取引所における取引は仲買人名義でなされるのであつて、委託者が公表されるものではない。又他店に委託する場合において、架空人名義で委託しても、仲買人は委託者を承知しているのであるから、本人名義で委託する場合と選ぶところがない。故に商略上の必要から、架空人名義を用いたと云うのは当らない。次に原判決は、清算所得を架空人名義で銀行預金したことを以て、不良の養子等の家庭事情の必要からと説示しているが、銀行は預金者の名前を他に公表しないのが通例であるのみならず、仮に右原判決説示のとおりであるとすれば、当時被告人が清算取引で巨利を博したことが世評に上つていたとする前記(5)の原判決説示と矛盾する。銀行預金を架空人名義にしたことが脱税のためであることは、被告人が査察に際し、当初右預金が自己の預金であることを故意に隠していたことからも明らかである。被告人は他店委託の清算益金を、他人を介し架空名義人の銀行送金取組で受領した事実につき、自己が依頼しないのに委託先仲買人が勝手にやつた旨検察官に陳述しているが、仲買人において顧客の依頼なしに、そのようなことを勝手にする筈がないし、被告人の依頼によりその手続をしたことを証するに足りる証拠も存するのである。以上を要するに、原判決は被告人の清算所得に対する逋税の犯意を推測するに十分な以上列挙の事実を全く無視しているのである。次に配当所得について、原判決は被告人において現に確定申告をした農業所得及び給与所得とともに本件配当所得を綜合申告するときは、すでに該配当金につき源泉徴収されている所得税の一部が却つて還付される計算になるので、強いて申告するに及ばないと考えた結果、申告をしなかつたのであるから、逋税の犯意がないと認定したが、被告人においてすでに清算所得につき逋税の犯意があつたのであるから、配当所得にのみ逋税の犯意がなかつたとするのは、事実の誤認であると云うのである。

よつて記録及び証拠品を精査し、当審における事実取調の結果を検討するに、その中特に当審第一回公判調書中被告人の供述記載、被告人の検察官に対する供述調書五通(記録第一、〇一六丁乃至第一、〇四九丁)、大蔵事務官の被告人に対する質問顛末書二八通(同第八一九丁乃至第一、〇一四丁)、被告人の上申書三通(同第三一六丁乃至第三一八丁)、林祥晃の検察官に対する供述調書二通(同第一五〇丁以下)、大蔵事務官の林祥晃に対する質問顛末書四通(同第一二二丁乃至第一四九丁)、林祥晃の上申書二通(同第一五八丁乃至第一七三丁)、原田重吉の上申書二通(同第五三丁以下)、同人の検察官に対する供述調書(同第五七丁以下)、原審第四回公判調書中証人青木正司の供述記載(同第三三九丁以下)、青木正司の検察官に対する供述調書(同第一、一五二丁以下)、滝口清太郎、高橋要及び西出貞三の各上申書(同第八七丁乃至第九六丁)、押収にかかる所得税確定申告書二通(証第一号の一、二)、委託者別先物取引勘定元帳七冊(証第二号の一、二、三、同第四号及び六号の各一、二)銀行勘定帳一冊(証第三号)、売上日記帳一冊(証第五号)、当座預金勘定帳一冊(証第七号)を綜合すれば、別紙所得額計算表記載にかかる被告人の昭和三一年及び同三二年中における清算所得、給与所得及び農業所得を認定することができ、又当審第一回公判調書中における被告人の供述記載及び前記被告人の供述調書、質問顛末書及び上申書、原審第五回公判調書中証人中河吉春の供述記載(記録第三八五丁以下)、同第一二回公判調書中証人志波則生の供述記載(同第七八三丁以下)、日本石油株式会社及び東洋レーヨン株式会社の各回答書(同第二〇〇丁以下)、大和証券株式会社、帝国人絹株式会社及び東洋信託株式会社の各回答書(第一、〇五〇丁乃至第一、〇五四丁)を綜合すれば、別紙所得額計算表記載にかかる被告人の昭和三一年及び同三二年中における配当所得を認定することができる。而して前記昭和三一年及び同三二年中における被告人の清算所得につき、検察官はこれを所得税法第九条第一項第四号所定の事業所得であると主張し、被告人側においてはこれを同項第九号所定の一時所得であると主張するとともに、これにつき被告人に逋税の犯意がなかつた旨抗争するのであるが、右清算所得がそのいずれに該当するかの判断は後に説明することとなし、その所得額が前記認定の如く多額である以上、それが事業所得と一時所得のいずれに該当するとを問わず、被告人において所轄税務署にこれを申告して所定税額を国庫に納入すべき義務があるのであるから、ここでは先づ被告人に右所得につき逋税の犯意があつたか否かを検討するに、後記証拠によれば、(イ)被告人は昭和二六、二七年頃、福井税務署員から、被告人の獲得した清算取引等による投機所得につき、それが被告人の主宰する会社の所得か被告人個人の所得かを調査質問され、それが個人所得であれば被告人個人として申告納税することを要する旨告げられ、結局会社の所得として申告したことがある事実、(ロ)被告人は本件清算取引の全部につき、商品取引所法第八八条の禁止を無視して架空人名義を使用し、その損失は減税に浴するため、会社の損失として表面に出し、利益は架空人名義を用いた自己個人の銀行預金として隠し、又一部他店に委託してなした清算取引の益金については、その他店から直接これを受領しないで、他人を介し銀行送金取組の方法で受領したことがある事実、(ハ)被告人は自己個人の清算取引における架空人名義に対応する清算益金の領収書及び架空人名義の定期預金等に使用した印鑑約二〇個を会社の和室床の間の隠し穴に隠匿して保管していたが、昭和三三年六月国税局査察官の捜索を受けた翌日福井市内の足羽川へこれを投棄し、清算益金及び銀行預金等の発覚を防ごうとした事実、(ニ)被告人は清水利信及び宇野敏雄等に依頼して国税局員に対し、自己の架空人名義の清算取引を右清水、宇野等の取引であつて益金も同人等に渡つているが如く虚偽の陳述をさせ、自己もその旨陳述した事実をそれぞれ認定することができる外、(ホ)そもそも万般の所得に課税される我国昨今の税制のもとにおいて、特に低額所得者が税の源泉徴収を余議なくされている事態を知悉しながら、架空人名義で入手した数百万円、数千万円に及ぶ本件所得が非課税であると信ずるが如きことは、通常あり得べからざる事柄に属し、かく信ずるがためには、したしく税務署係員等責任ある者の確言を得る等の手段を尽したうえでなければ許されないこと等、以上の事実を綜合すれば、本件清算所得につき、被告人に逋税の犯意を認定するに十分であり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。尤も原審公判調書被告人の検察官に対する供述調書、大蔵事務官の被告人に対する質問顛末書中における被告人の供述記載及び被告人の当審公判廷における供述中には、本件清算所得が課税対象であることを知らなかつた旨の供述があるが、これ等の供述は右認定に徴し、たやすく措置し得ないものであり、これを援護する弁護人の答弁も採用するに由ないものである。而して前記(イ)の被告人が昭和二六、二七年頃福井税務署員から、この種清算取引等による投機所得が被告人個人のものであるならば、被告人本人から申告納税すべき旨告げ知らされた事実は、大蔵事務官の被告人に対する昭和三四年一月一二日附質問顛末書(記録第一、〇〇二丁以下)、原審第四回公判調書中証人前川国男の供述記載(同第三二五丁以下)、原審第五回公判調書中証人伊藤静雄の供述記載(同第三六九丁以下)、原審第六回及び第九回各公判調書中証人高間静馬の供述記載(同第四四九丁以下、第五七一丁以下)、証人伊藤静雄及び同高間静馬の当審第二回公判における各供述、押収にかかる法人税決定決議書綴(証第一〇号)中の質問書控、メモ、回答書を綜合してこれを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる措信すべき証拠はない。弁護人はこれ等の証拠中原審において取り調べたものの信憑性を否定し、福井人絹取引所が戦後再開されたのは、昭和二六年二月であり、被告人は同年中に個人として清算取引を行つていないから、同年中に清算取引による個人所得の申告及び調査はあり得ない。仮に被告人が同年中に清算取引による個人所得を得たとしても、その申告期は昭和二七年三月であり、その調査は同月以後であるから、昭和二六年中に清算取引による個人所得の調査及び申告の勧告はあり得ない。而して大蔵事務官の被告人に対する質問顛末書(記録第九九九丁の二以下)中、被告人が個人の係(所得税係)から個人の清算所得があるならば申告せよと云われた旨の供述記載は、被告人の陳述に基づかない同事務官の創作であると主張する。併しながら右顛末書末尾には、被告人がその記載全文を読み聞かされ、これに誤がない旨述べて署名指印した旨の記載と弁護人選任届書に存するものと同一の被告人の署名(及び指印らしいもの)とがあり、その供述内容を被告人の他の質問顛末書及び供述調書と対比検討しても、別に不自然な点が存しないから、大蔵事務官が被告人の述べないことをその供述として記載したとは、到底思考することができず、これに任意性を認めるに十分である。なおその余の前記証拠に信憑性がないと云う弁護人の所論は、独自の偏見に基づくもので採用し得ないものである。次に前記(ロ)の被告人が本件清算取引の全部につき、架空人名義を使用し、その損失は会社のものとして表面に出し、利益は架空人名義を用いた個人預金として隠し、他店に委託した清算取引による益金の一部につき、他人を介して銀行送金を受けた事実は、原審第四回公判調書中証人青木正司の供述記載(記録第三四二丁以下)、同第一二回公判調書中証人酒井豊の供述記載(同第八〇七丁以下)、青本正司の検察官に対する供述調書(同第一、一五三丁以下)、大蔵事務官の被告人に対する昭和三三年六月一九日附質問顛末書(同第八二八丁以下)、大蔵事務官の林祥晃に対する同年一〇月一〇日附質問顛末書(同第一四六丁以下)、押収にかかる委託者別先物取引勘定元帳七冊(証第二号の一、二、三証第四号及び第六号の各一、二)――以上架空名義による清算取引関係――原審第一三回公判調書中被告人の供述記載(同第一、〇七〇丁以下)、大蔵事務官の被告人に対する昭和三三年六月一九日附(同第八二八丁以下)及び同月二〇日附(同第八四九丁以下)各質問顛末書、網頭清隆の検察官に対する供述調書(同第一〇九丁以下)、大蔵事務官の網頭清隆(同第一〇二丁以下)、富永勉(同第一一五丁の二以下)、三崎四郎(同第一一六丁以下)、清水利信(同第二三〇丁以下)に対する各質問顛末書、押収にかかる当座預金勘定帳(証第七号)、メモ(証第八号)――以上架空人名義による銀行預金関係――原審第四回公判調書中証人青木正司の供述記載(同第三四五丁以下)、青木正司の検察官に対する供述調書(同第一、一五五丁以下)、大蔵事務官の間谷佐敏(同第七九丁以下)、角田己之助(同第六三丁以下)――以上他店委託清算益金の銀行送金による受領関係――を綜合してこれを認めることができ、他に右認定を覆すに足りる措信すべき証拠はない。而して弁護人は右認定事実に関する答弁として、被告人が清算取引につき架空人名義を使つたのは、商略上の必要からであり、銀行預金に架空人名義を用いたのは、家庭的事情に基づく旨、いずれも原判決説示どおりの主張をするのであるが、それは商品取引所法第八八条が堅く禁止するところに違反しているばかりでなく、いずれも理由とするに乏しいこじつけであることは、検察官所論前記(6)のとおりである。次に前記(ハ)の被告人が自己個人の清算益金に対する架空人名義の領収書定期預金等に使用した印鑑約二〇個を隠し穴に隠匿保管し、家宅捜索の翌日足羽川に投棄した事実は、大蔵事務官の被告人に対する昭和三三年六月一九日附(記録第八二八丁以下)、同月二〇日附(同第八四九丁以下)、同年八月六日附(同第八八四丁以下)各質問顛末書によつてこれを認めることができるし、前記(ニ)の被告人が清水利信及び宇野敏夫等に依頼して国税局員に対し、自己の架空人名義の清算取引を右清水宇野等の取引であつて、益金も同人等に渡つている旨虚偽の陳述をなさしめ、被告人もその旨陳述した事実は、大蔵事務官の清水利信(記録第二二四丁以下)、宇野敏雄(同第二三六丁以下)に対する各質問顛末書及び大蔵事務官の被告人に対する昭和三三年八月二九日附(同第九〇七丁以下)、同年九月三〇日附(同第九一九丁以下)、同年一〇月一日附(同第九三〇丁以下、第九三四丁以下)、同月二日附(同第九四六丁以下)各質問顛末書を綜合してこれを認定することができる。然らば本件清算所得につき、被告人に逋税の犯意を認定するに十分である。次に配当所得につき被告人に逋税の犯意があつたか否かにつき検討するに、配当所得は前記清算所得の外、被告人のすでに申告した給与所得農業所得とともに、綜合申告をなすべきものであるところ、大蔵事務官の被告人に対する昭和三三年八月六日附質問顛末書(記録第八八四丁以下)によれば、被告人は自己所有にかかる大野捨松名義の株式に対する配当所得年額約五〇、〇〇〇円を終戦後から昭和二九年まで連年福井税務署に申告し、納税して来た事実を認めることができ、又押収にかかる確定申告書二通(証第一号の一、二)によれば、被告人は二回に亘る本件確定申告の際、いずれも税の源泉徴収を受けている給与所得を申告している事実を認め得るから、本件配当所得につき、税の源泉徴収がなされていても、なお申告を要することを承知していたと認めるに十分である。然らば本件配当所得の不申告につき、被告人に逋税の犯意を認むべきことむしろ当然であり、他に右認定を覆すに足りる措信し得る証拠がない。尤も大蔵事務官の被告人に対する右質問顛末書(同第八八四丁以下)及び昭和三四年一月一二日附質問顛末書(同第九九九丁の二以下)には、被告人の供述として、配当所得には税が源泉徴収されているので、申告を要しないものと思つていた旨の記載があるが、右の供述は前記認定の事実並びに本件清算所得の逋税につき策略を弄し、虚偽の陳述を敢えてした被告人の行動自体に徴し、たやすく措信し得ないものである。然らばこの点に関する弁護人の答弁もまた採用するに由ないものである。これを要するに、本件清算所得及び配当所得の双方につき、被告人に逋税の犯意を認め得ること、上来説明するとおりであるところ、原審はこれを犯意なしと認定し、被告人に無罪の言渡をしたのは、まさに事実誤認の違法を冒したものであつて、原判決は破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。

検察官の論旨第二について。

所論は要するに、原判決に法令適用の誤があることを主張し、原判決は本件清算所得及び配当所得の不申告につき、刑法第三八条第三項の所謂違法の認識がないことを説示しながら、同条第一項の犯意がないと即断し、被告人に無罪の言渡をしたのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用の誤を冒したものであると云うのである。併しながら、すでに検察官の論旨第一を認容し、事実誤認を理由として原判決を破棄する以上、本論旨に対し判断を示す必要を認めないから、これを省略する。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条に則り、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は福井市内において永く織物販売業に従事していたが、昭和二五年三月同市佐佳枝中町一二七番地に原糸及び織物の販売を業とする株式会社畑仲石一商店を設立し、自ら代表取締役社長となつたうえ、昭和二六年二月福井人絹取引所が再開されるや、同取引所に右会社を商品仲買人として加入させ、同会社の業務として、同取引所の開設した商品市場において、人絹糸の先物取引に従事するとともに、自己個人においても、同会社に委託し、或は同取引所に加入している他の商品仲買人又は大阪人絹取引所加入の商品仲買人に委託し、継続して人絹糸の先物取引をなし来たり、その副業として、若干の農業に従事して来たものであるところ、所得税を免れる目的をもつて

第一、昭和三二年三月一一日頃、所轄福井税務署において、同署長に対し、前年中(一月一日から一二月三一日まで)における自己個人の総所得につき、所得税の確定申告をするに当り、前年中における自己個人の総所得は、別紙第一表の一所得額計算表記載のとおり、合計二九、〇七四、二〇〇円であるのに拘らず、殊更にこれを六八二、三〇〇円(その申告納税額三〇、二〇〇円)と虚偽の記載をした確定申告書(証第一号の一)を提出し、もつて不正行為により、別紙第二表、一逋税額計算表(本件清算所得を所得税法第九条第一項第四号に所謂事業所得として計算)記載のとおり、正規に算出した申告納税すべき所得税額一七、九九五、六八〇円につき、一七、九六五、四八〇円の所得税を免れて逋脱し

第二、昭和三三年三月二四日頃、福井税務署において、同署長に対し、前年中における自己個人の総所得につき、所得税の確定申告をするに当り、前年中における自己個人の総所得は、別紙第一表の二所得額計算表記載のとおり、合計八、六二二、五六一円であるのに拘らず、殊更にこれを八〇九、四〇〇円(その申告納税額三六、三一〇円)と虚偽の記載をした確定申告書(証第一号の二)を提出し、もつて不正行為により、別紙第二表の二逋税額計算表記載のとおり、正規に算出した申告納税すべき所得税額三、六九九、四九〇円につき、三、六六三、一八〇円の所得税を免れて逋脱し

たものである。

(証拠)

判示事実中、被告人の所得額及び犯意の点は、上来説明したとおり、証明十分であり、その他の事実は、前掲清算所得認定のために挙示した証拠を綜合してこれを認める。

(被告人側の主張に対する判断)

被告人側及び弁護人は、本件先物取引による所得は所得税法第九条第一項第四号に所謂事業所得でなくて、同項第九号に所謂一時所得であると主張するので案ずるに、これがそのいずれに属するかにより、同項本文の適用上、総所得金額の算出に差異があり、その判定を余議なくされる訳であるが、本件清算所得が同項第九号所定の労務その他の役務の対価たる性質を有しないことは明らかであるから、その区別は専ら営利を目的とする継続的行為から生じたものであるか否かによつて決すべきものであるところ、前掲清算所得認定のために挙示した証拠を綜合すれば、被告人は自己個人の清算所得獲得を目的として、自己の主宰する会社の人的物的施設を利用し、或は他店を利用し、昭和三一年及び同三二年中に、各年間売、買とも数百件の委託をなし、その取引金額は二億円に近く、その利益額も判示のとおりであることが明らかであるから、本件清算所得をもつて、営利を目的とする継続的行為から生じたものと認めるに十分であり、従つてこれを事業所得と断定するに憚らないのである。(原審第一〇回及び第一一回各公判調書中鑑定証人久田重次郎の供述記載参照)。原審において弁護人は、もしこれが事業所得であるとすれば、本件清算所得と投機的及び継続的要素を同じくする競輪競馬の常連の所得と何処が違うか。而も昭和二六年一月一日附国税庁長官の通達によれば、右常連の所得を一時所得と有権的に解釈しているから、本件清算所得も一時所得であると反論しているのであるが、そもそも競輪競馬の継続的な車券馬券の購入行為から生じた所得なるが故に常に一時所得なりと断定し去るところに問題があるのであつて、同じく競輪競馬の継続的な車券馬券の購入行為から生じた所得であつても、それが娯楽を目的とする者の所得であれば一時所得であり、又本件清算取引と類を同じくする競輪競馬の主宰者が営利を目的として長期多数回に亘り、多額の車券馬券を購入して得た所得については、事業所得と観るべきものがあることは否定し得ないから、弁護人の右主張は、すでに前提において独断偏見に陥つているものと云わなければならない。然らば被告人側の一時所得の主張は採用し得ないものである。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所得税逋脱の所為は、いずれも所得税法第六九条第一項に該当するから、懲役刑と罰金刑とを併科し、右二個の所為は刑法第四五条前段の併合罪の関係にあるから、懲役刑については同法第四七条本文第一〇条を適用し、犯情の重いと認める判示第一の逋脱犯の刑に法定の加重をなし、罰金刑については所得税法第七三条本文を適用し、その刑期及び金額範囲内において、被告人を懲役一年及び判示第一の罪につき罰金四〇〇万円に、判示第二の罪につき罰金一〇〇万円に処し、刑法第一八条に従い、右各罰金を完納することができないときは、金八、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、更に同法第二五条第一項を適用し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑だけの執行を猶予し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人の負担とする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義盛 堀端弘士 内藤丈夫)

(別表省略)

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